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大阪高等裁判所 昭和58年(ラ)388号 決定

抗告人

竹崎宗晴

抗告人

望月光子

右両名訴訟代理人

田中成吾

相手方

竹崎愛子

右訴訟代理人

中嶋輝夫

右抗告人は、和歌山地方裁判所田辺支部昭和五五年(ヨ)第一八号不動産仮処分申請事件につき、同裁判所が昭和五五年七月四日にした仮処分決定に対し、抗告をしたので、当裁判所は次のとおり決定する。

主文

原決定主文第二項を次のとおり変更する。

相手方は抗告人らに対し、各金二五〇万円を供託するときは、その抗告人に対し、この決定の執行の停止又はその執行処分の取消を求めることができる。

理由

一、二〈省略〉

三当裁判所の判断

1  本件仮処分決定に対する抗告について

相手方は、本件仮処分決定中仮処分申請却下部分に対する不服申立は、即時抗告によるべきところ、その不服申立期間は徒過している、仮に通常抗告をなしうるとしても、本件仮処分決定は執行ずみであるから、通常抗告も許されない。また仮にそうでないとしても、本件仮処分決定はその執行後既に三年有余経過しており、不服申立をすることは、法的安定を害するから許されない旨主張する。

しかし仮処分申請につき、決定の形式で却下の裁判がなされた場合、特別の規定がないから、これに不服の債権者は、民訴法四一〇条に基づき、通常抗告をなしうるものと解せられる。本件仮処分決定においては、抗告人らが申請したとおり、抗告人らの遺留分減殺請求の対象となつた本件土地建物につき、相手方の一切の処分を禁止することを認容するとともに、相手方が抗告人らに対し、各金一五〇万円の解放金を供託するときは、その仮処分の執行の停止又は執行の取消を求めうるものと定めたことは、一件記録上明らかであるところ、右解放金を定めた決定部分(本件仮処分決定主文第二項)は、抗告人らの本件仮処分申請を制限するもので、仮処分申請の一部却下に当ると解せられる。

したがって、この部分に対しては債権者である抗告人らは、通常抗告をもつて不服申立をなしうるものと解せられる。

この点についての相手方の主張は理由がない。

また本件仮処分申請のうち、右のとおり一部を却下された抗告人らが、その却下部分に対し、ただちに抗告をすることなく、認容された部分の仮処分の執行をしたからといつて、そのことから右仮処分決定全部を認容し、抗告人らがその抗告権を放棄したものになるとか或は抗告権が消滅したものということはできない。また右仮処分の決定後三年有余を経過していることは一件記録上明らかであるが、それだけで抗告人らの本件抗告が、相手方の信頼を損い法的安定を害するものということもできない。もつとも疎明及び一件記録によれば、相手方は昭和五八年一一月一日本件土地建物を他に売却し、翌二日右解放金を供託し、本件仮処分の執行取消の申立をし、同日その執行取消決定を得たところ、抗告人らはただちに右執行取消決定を争い、右決定に対する即時抗告をするとともに、本件仮処分の一部却下部分に対する抗告をしたことが認められるが、後記のとおり、抗告人らは相手方を被告として、遺留分減殺請求を理由に、本件土地建物につき持分権を有することの確認請求等の本案訴訟を提起し、相手方と抗争していたのであるから、抗告人らの右抗告権の行使は、元来相手方において予想しうべきものであつて、右抗告権の行使をもつて、なお相手方の信頼を損い法的安定を害するものということはできない。

そうすると抗告人らの抗告権に関する相手方の主張は、いずれも理由がなく、他に抗告人らの本件抗告が不適法であることを認めうべき資料はない。

2  本件仮処分決定において、解放金を定めることについて係争物に関する仮処分は、係争物自体に対する債権者の給付請求権の執行保全を目的とするものであるから、原則として、金銭的補償により、その目的を達することはできない。したがつて係争物に関する仮処分においては、原則として民訴法七四三条を準用する余地はないと解せられる。しかしながら同法七五九条は「特別ノ事情アルトキニ限リ保証ヲ立テシメテ仮処分ノ取消ヲ許スコトヲ得」と規定しているから、これとの権衡を考慮すると、係争物に関する仮処分においても、金銭的補償を得ることにより、終局の目的を達しうるような特別の事情がある場合には、例外的に同法七四三条の準用を認め、債務者が一定金額(解放金)を供託したときは、その執行停止又は執行取消を求めうる旨あらかじめ定めることを許容しうると解せられる。

しかして一般にそのような特別の事情があるか否かは、当事者本人の審尋或は口頭弁論において明らかになると考えられるが、しかし必ずしも常にそのような手続を経ることなく、被保全権利自体の性質等から、右のような特別の事情を認めることができる場合は、あえて当事者本人の審尋或は口頭弁論を経る必要はなく、ただちにこれを認定することは許容されるといわなければならない。そして仮処分は被保全権利を保全するに必要な限度でなされるものであるから、債権者において右のような特別の事情があることを主張していない場合においても、裁判所は仮処分決定をするに当り、右特別の事情を認定し、債務者において一定金額(解放金)を供託するときは、その執行の停止又は執行の取消を求めうるものと定めることもさまたげないと解せられる。

ところで、本件仮処分申請書によれば、本件仮処分の被保全権利は民法一〇三一条に規定する遺留分減殺請求権であることが明らかであるところ、同法一〇四一条によれば、遺留分減殺の請求を受ける受贈者及び受遺者は、減殺を受けるべき限度において、贈与又は遺贈の目的の価額を遺留分権利者に弁償して、その返還の義務を免れることができるから、遺留分減殺請求権を被保全権利とする仮処分にあつては、その価額を評価しうる以上、必ずしも当事者本人の審尋又は口頭弁論を経ることなく、裁判所が右特別の事情があると認め、相当の解放金を定めることも違法ということはできない。もつともその弁償すべき価額は、受贈者又は受遺者において、現実に弁償を提供した時点或は訴訟の場合にあつては、その口頭弁論終結時を基準として算定すべきものであり、仮処分決定後右時点までに、目的物の価額の騰貴変動が予想される場合もあるが、しかしそのような場合においても、当該弁償に関する争訟の解決が予想される時点を考慮してこれを評価し、債権者の権利を担保することは可能であつて、一概にこれを否定することは相当でなく、右の考慮のもとに、このような解放金を定めることは許容されるというべきである。

本件疎明資料によれば、抗告人らは昭和五五年九月五日相手方を被告として、遺留分減殺請求による本件土地建物の持分権を主張し、その確認等を求める訴を原裁判所に提起し、その審理が既に相当進行していること、本件土地建物には白浜信用農業協同組合を債権者とし、抗告人ら及び相手方の被相続人亡竹崎収を債務者とする、右債権者のための元本極度額一〇〇〇万円の根抵当権が設定され、昭和五六年一〇月三〇日現在その被担保債権額は元利合計金六二四万四八八二円となつているところ、その弁済が滞り、右根抵当権を実行されるおそれが生じたこと、そこで相手方は本件土地建物が競売により安く売却されるよりは、自らこれを有利に売却換価することとし、昭和五八年一一月一日相互住宅開発株式会社に対し、これを代金二五五〇万円で売却し、前記のとおり翌二日解放金を供託して、本件仮処分の執行取消の申立をし、同日その執行取消決定を得たこと、さらに相手方は同年一二月一六日付書面をもつて、抗告人らに対し、それぞれ本件遺留分減殺につき価額弁償をする旨の意思表示をしていること、以上の各事実が疎明される。

竹崎喜代子の報告書には、本件土地建物の価額が五〇〇〇万円を下らない旨の記載部分があるが、根拠が確たるものではなく、にわかにこれを措信し難く、他に右売却代金額が不当に低額であることを認めうべき疎明はない。

以上の事実によると、抗告人らの本件遺留分減殺請求に対し、相手方は価額を弁償することを明らかにしており、その紛争に関する本案訴訟も、一般事件において要する審理期間において終了するものと見込まれるから、これらの諸点を勘案して、なお本件においては、解放金を定めることは相当と解せられる。

しかして右売却代金二五五〇万円から右被担保債権額金六二四万四八八二円を控除した金一九二五万五一一八円に対する遺留分割合九分の一(抗告人らが本件仮処分において主張しているもの)に相当する金二一三万九四五七円を一応の基準とし、なお本件解決までの価額の上昇等本件疎明資料によつて認められる諸事情を考慮すると、本件仮処分においては、相手方は抗告人らに対し各金二五〇万円の解放金を供託するときは、本件仮処分の執行の停止又はその執行処分の取消を求めうるものとするのが相当である。

3  相手方は抗告人らの被保全権利を争うが、これは仮処分異議の手続において審理すべきものであり、当審において判断を示す必要はない。

4  以上によれば、本件仮処分における解放金は前記金額をもつて相当とすべく、右金額に満たない解放金を定めた原決定主文第二項は一部不当であり、抗告人らの本件各抗告は右の限度で理由がある。

よつて原決定主文第二項を右の限度で変更することとし、主文のとおり決定する。

(小林定人 坂上弘 小林茂雄)

別紙一(抗告の理由)

別紙二〈省略〉

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